鍼灸学校入学前課題図書!『鍼灸師のタマゴに贈る養心のすすめ-健康と心技体』付録対談③
21世紀の日本で鍼灸師をめざす人のための徹底ガイド
―不都合な真実に向き合うことから始まる鍼灸師ライフ
★新人鍼灸師を相手に宮川先生が語る鍼灸業界の真実と鍼灸師をめざす人に知っておいてほしい現実に役立つ心得!
●目次
・この対談について
・現状の鍼灸業界ー伝統鍼灸? 中医鍼灸? 現代鍼灸? 流派って何?
・「鍼灸術」と「鍼灸学」ー学生が学ぶべき鍼灸
・4種の鍼灸治療ー鍼灸治療の不都合な真実
・鍼灸師が独立するために必要なことー臨床だけできればいいのか?
・私心のなくし方ー学校では教えてくれないこと
・鍼灸師の治療スタイルー職人・教育者・聖人、あなたはどれを目指すか
・鍼灸師を目指す人へエールーみんな一緒に練習の虫
※以下登場人物略称、宮川先生=M、Chikako=C、Daisuke=D
≪鍼灸師の治療スタイル―職人・教育者・聖人、あなたはどれを目指すか≫
C「なるほど!そう考えると、可能性が無限大に広がる気がして嬉しくなります。
私が治療者モデルとして尊敬できるなぁ、と思うことができる人に私淑することは面倒な手続きなしにできる画期的なことですね。
ただ、やっぱりその治療者モデルに出会うこと自体、なんらかの機会が必要になりますね。歴史的な人物も含めて、実際にどんな鍼灸師がいるのか、意外と一般的には知られていないのが現状ではないですか?
宮川先生が鍼灸師としてモデルになると思う名人はどんな人ですか?名前を出すと鍼灸界で色々と角が立つかもしれませんが(笑)、具体的に教えてもらえると大変参考になります。後世のために、ひとつ、よろしくお願い致します。」
M「私は名人には次の3パターンが存在すると思っています。①職人、②教育者、③聖人です。わかりやすいように図にまとめましたので、そちらもご覧ください。」
D「図にすると、すごくイメージしやすいですね。」
M「それでは、それぞれのタイプを解説していきましょう。
①職人
職人タイプはたった一人でただ黙々と患者さんに向き合います。おそらく皆さんのイメージどおりの鍼灸師の名人といったところでしょうか。
基本的には鍼灸施術をする院の中だけで活動し、すべてが個々の鍼灸院の中で完結します。技術を高めることを最上とし、練習を重視します。練習に甘えを持ち込まない。己の腕一本で治していくということが特徴になります。
このタイプになるのは、非常に険しい道のりです。以下の4つのことが出来ないといけません。
①学問的にすべてを極めなければならない
②感覚としては「冷静な心」がかかせない
③理性としては「冷静な頭脳」がかかせない
④技術としては「冷静な身体」がかかせない
どんなことでも独りでできる。他人の力が介入することもない。治療の鬼と化し、人を治していく存在。私の知る限り、名人でこのタイプとして思い浮かぶのは、経絡治療の原点となった八木下勝之助翁しかいません。なにせこのタイプは、すべて自分で完結してしまうので後継者を育てることができません。後継者がいないということは、名が残ることはほぼありません。孤高の名人ですね。」
D「たしかに、そんな名人に巡り合えたとしても鍼灸師としてついていくことはできなさそうですね…その名人についての本が書かれているか、動画が残っているか、という条件がそろわないと私淑もできないですね。」
M「そうなんです。
②教育者
そこで、②教育者タイプがでてきます。教育者タイプは、基本的にチームを組みます。自分の技術を磨くことは当然のことながら、他人をバックアップして、チームで患者さんの治療にあたります。後継者の育成にも余念なく、さらには後世に技術を伝えるために学問体系化にも尽力します。
鍼灸師として現代医療に取り組む人間は、基本的にこの図式の中で、職業人として成長することが求められます。
このタイプになるには、基本的に以下の3つのことができなければなりません。
①徹底的に公に尽くし奉仕する
②自分の事は後回し
③私利私欲を強くしてはならない
自分を捨て、チームで動くことを最優先にできる者でなくては、このタイプを目指すことは難しいでしょう。
このタイプの名人は、現代で名を残す方がまだご存命でいらっしゃいます。私が思いつくだけでも、首藤傳明先生、池田政一先生、藤本蓮風先生などがいらっしゃいます。現代を生きる鍼灸学生さんは、ぜひこの生きる名人たちの下へ学びに行っていただきたいと思います。」
C「日本伝統鍼灸学会では常連の大御所ばかりですね。たしかに、生きている諸先生方に接する機会があるだけでも薫陶を受けた気になります。さらに、この諸先生方には著作がありますから私淑もできますね。
そうすると、残りの聖人タイプには生きてお目にかかれる先生がいない予感が…」
M「そうですね(笑)。よく流れが読めましたね。
③聖人
聖人タイプは自然と一体になり、患者さんも自分も自然もすべてが同一化されます。この世のすべてのものと一体になるということは、この世のすべてが自分の力となる。この世のすべての流れに乗れればどんな病でも治すことができる。反対に流れに乗ったとしても、その天地万物の趣が異なればどんな簡単な病でも治すことはできない。そのためこのタイプの名人は常に自然・天地万物の機嫌を取らないといけない。だから常に外に出ていき、自然と対話し続けねばならない。それによって天地万物を知り、治す力を貸してもらう。治すということを天地万物に任せてしまっているので、治せるか治せないかは分からない。ここでいうところの【天地万物と一体になる】ということは、老荘思想でいうなら【道(タオ)】と一体になることです。
治療家でありながら天地万物から見放されないために養生者でなければならないというのがこのタイプの特徴です。
このタイプの名人も後世に後継者を残すことはできないのですが、聖人として崇められるので名を残すことができています。私が知る範囲で、唯一ご存命なのは横田観風先生。あとは歴史上の人物になってしまいます。夢分流創始者御園夢分斎、検校杉山和一、そして黄帝内経を著した人物。こちらの名は残っておりませんが。
以上のような方々が【道(タオ)】と一体となれた方ではないかなと思っております」
≪鍼灸師を目指す人へエール―みんなで練習の虫になろう!≫
C「最後に、鍼灸師を目指す人にエールをお願いできるでしょうか。」
M「個人的には、鍼灸師はアスリートだ、と思っています。なので、いつも、次のようなことを考えています。
練習でできないことは、実戦ではできない。
練習でできても、実戦でできるとかぎらない。
練習でできないことが、実戦でできることがある。
アスリートは、毎日、トレーニングをして、その上で試合にのぞんでいます。一日でも休んだり、少しでも手を抜けば、能力が落ちて、パフォーマンスが悪くなるでしょう。 毎日トレーニングしたとしても、よい時もあれば、スランプもあります。それが年単位だったり、月単位だったり、週単位だったり、日単位だったり。目まぐるしく大波小波がおそってきます。こうした生活は引退するまで続きます。
鍼灸治療でいえば、毎日の努力の積み重ねが、臨床力につながると思っています。刺鍼の手技・施灸の手技だけでなく、診察の技術もふくめて毎日の練習が必要ですし、向学心を旺盛にして知識を吸収することも必要です。
ある先生が『引退するまで勉強だ』と言っていますが、とても正しい意見です。 コツコツと、飽かずに、地道に追求し続けることが、臨床力を高めると思います。(こういうことは、ほかの職も同じかもしれません。)
アスリートと同じだとすれば、自分たちは気づいていないかもしれませんが、鍼灸師にも好調・ 不調の波があるはずです。刺鍼が下手になり、施灸が下手になったり、はたまた診察が雑になったり、診断がワンパターンになったりしているはずなのです。調子よく治るときと、いつも通りに施術しているのに治っていかないときがあるはずです。
治らないのを患者さんのせいにするのか、病気のせいにするのか。
鍼灸治療は、【3た治療 (やった、なおった、よかった)】の時代を脱出し、今の時代にあった治療を考える時期に来ていると思います。」
C「ただ、練習は辛く苦しく、なかなか長続きしない方もいらっしゃるでしょう。」
M「それには、なぜ練習するのかを考えてみましょう。鍼灸治療は実践の医学です。できなければ、動けなければ、治療できない。そのためには【知る、分かる、身につける、できる】という流れが必要です。
治療ができるとは、
- 診察ができる
- 診断ができる
- 施術ができる
3つができて、それらが一体になったときに初めて、 治療ができるといえるでしょう。
- 診察は、鍼灸師の感覚を使った望診・聞診・切診と、問診があります。それぞれができるようになって、はじめて診察ができるといいます。
- 診断は、知識を獲得し、それらを整理し、すぐ取り出せるようになっているとはじめて診断ができます。
とすれば、毎日の練習、手入れは欠かせません。
その上で、毎回の試合にのぞむ心構え、体調づくりも必要になります。
本当のところ、鍼灸治療は引退するまで気を許すことができない、甘えられない仕事なのです。その認識がなければ、脱落するでしょう。認識がなくても残った先生は【幸いにして免れたり】なのです。
すぐれたアスリートは、練習の虫といわれたり、研究熱心だったりします。運動能力が優れているだけでは生き残れないことは、みなさんご存知でしょう。同じように鍼灸師も、練習の虫、研究熱心な先生が生き残っているように思えます。
たとえば、本を書くということは、たいへんな重労働です。
①原稿を書くまで本の構想ができ、それを文章にするには、何度も書きなおします。文章を書くのが本業ではないので、苦しい作業です。産みの苦労です。
②出版の段階で本の形になると校正という作業が待っています。文字が間違っていないか、文脈が乱れていないか、内容に齟齬がないかなどをチェックします。校正は3回くらい繰り返します。隅から隅まで、慎重にチェックします。文章量が多い本だと、投げ出したくなります。吐き気もしてきます。
こうしてみると、本を書いている先生の勉強量は半端ないのです。アスリートでいえば 【練習の虫】。それを通り越して【練習の鬼】なのです。
鍼灸師全員が【練習の鬼】になれとは言いませんが、プロを自称する職業である以上【練習の虫】として過ごすことは必要ではないかと思います。ここまで読んで頂いた鍼灸学生さん、あるいはもうすでに開業されている先生でも、これから一緒に【練習の虫】になろうではありませんか。」
C「宮川先生、本当に貴重なお話をありがとうございました。この対談を読んでくださった方が1人でも多く、自分にあった道を選び、努力し、世に素晴らしい鍼灸が広まることを切に願います」
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