南米の素晴らしき日本鍼灸伝道師たち

 皆さま、こんにちは!

 花粉症シーズン真っ盛りなだけでなく、異常な気温の乱高下が続いて体調管理が難しい季節になっております。そんな折にChikakoは日本を10日間だけ脱出して第二の故郷ペルーに行ってまいりました。今回は全くのプライベートな理由での訪問だったのですが、親しい方々に鍼灸施術をさせていただく機会をもつことができて、新しい発見もあり、充実した滞在となりました。

 まずは、恒例の美味しいペルー料理の写真で気分を盛り上げましょう!
 

セビーチェ!
トウモロコシ・ケーキ(Pastel de Choclo)!
ロモサルタード!

 さて、今回のブログで皆さまに紹介したいと思うのが、南米の素晴らしき日本鍼灸伝道師たちです。なぜかというと、今回のペルー滞在中に、鍼灸師&通訳・翻訳家のエルナン・キツタニ(Hernan Kitsutani)先生にお目にかかることができたからなんです。

その様子がエルナン先生のFacebookに!

 エルナン先生は2025年現在、リマにあるエマヌエル総合診療所(Policlínico Emmanuel R.P. Manuel Kato―ペルーにおける初の日系二世カトリック神父マヌエル・加藤氏を記念した診療所)の鍼灸科で診察をしていますが、そもそも鍼灸とのご縁ができたのも、この診療所が主催した鍼灸セミナーに参加したのがきっかけだそうです。

 実は、エルナン先生の経歴は、ペルーにおける日系社会をめぐる現代史的な意味でも興味をそそられるドラマチックな背景をおもちなんです。

 エルナン先生は、完璧な日本語・スペイン語のバイリンガル! さらには、英語・ポルトガル語も自由に操ります。日本で教育を受けたのが、小学校5年生から中学校3年生まで。1980年代末に始まるペルーからの日本へのデカセギブームの中での来日でした。一般的には子どものころから複数の言語環境で生活すればバイリンガルになれるものという先入観があると思いますが、実はそんなに簡単な話ではありません。言語教育上、完璧なバイリンガルになるのは10歳前後までに複数言語環境で生活することが条件。それ以上の年齢からは、母語と同程度の言語獲得は非常に困難になります。特に、日本語とスペイン語は言語として構造的にも書き文字にしても全く異なる特徴をもっていますから、完璧な言語習得には継続的な努力と才能が必要になります。それをエルナン先生は兼ね備えていたんですね。

 エルナン先生、中学校3年生までを日本語環境で過ごした後にペルーでのスペイン語環境の中でアメリカンスクールへ進学して、国立サンマルコス大学獣医学部を卒業。同大学は16世紀に創設された南米大陸における最古の歴史を持つ名門。ペルー教育界では、なかなかのエリートコース。しかし、エルナン先生にとって獣医学は自分が求めていた「動物の命を救うための学び」という趣旨とは何かが違う!と感じだといいます。まさにそんなタイミングで鍼灸に出会うのです。東洋医学的な世界に目を開かれて、日本で鍼灸を習得したい!となったタイミングで、日本財団の日系スカラーシップの存在を知ります。

 日本財団・日系スカラーシップは、居住国/日系社会の発展に貢献する夢をもつ日系ユースを応援する奨学金制度。2023年度までに156名のラテンアメリカ出身日系ユースに日本で学ぶ機会を提供しているのですが、エルナン先生は2004年度から5年間に渡って支援をうけた1期生。現在の小倉学園新宿医療専門学校鍼灸科で学び、はり師・きゅう師・按摩マッサージ指圧師としての国家資格を取得。その後、同行に併設されていた日本伝統医療科学大学院大学に進学。国立がんセンターで緩和ケアに従事していた鈴木春子先生のもとでも研修生として研鑽されました。

 ここまでに、エルナン先生が受けた教育環境は、スペイン語→日本語→スペイン語/英語→スペイン語→日本語。それぞれの段階で高度な専門的知識を求められる現場を渡り歩いていらっしゃいます。日本伝統医療科学大学院大学(学長は筑波技術短期大学名誉教授の西條一止先生でした)は開設されてからわずか4年間しか存続しなかったのですが、エルナン先生はちょうどそのタイミングに当たったのですね。色んな意味で運命を引き寄せる力をもっているのかと思わされます。

 その後、鍼灸師としてのキャリアをまっしぐらに歩むのかと思いきや、日本に本拠地を置くNPOアルコイリスのメンバーとなり、ペルー・アマゾンを中心とした生産地の持続可能な地域開発と現地の植物資源に関する研究開発に取り組むことになるのです。Vida Sana第二回ブログでも紹介したインカ帝国のエネルギー源!サチャインチオイルなどの製品開発にも関わっているとのこと。ペルー・アマゾンでの活動の様子はご自身のFacebookで頻繁に発信しています。

 このような経緯の果て、現在のエルナン先生は、鍼灸&NPO&通訳・翻訳を通したペルーと日本の架け橋的活動に大忙しです。通訳としては、大統領・政府高官レベルの交渉の現場で活躍するほどの実力。ラテンアメリカには多様なキャリアを築く方が珍しくないのですが、エルナン先生は異彩を放っていますよね~。ペルー日系人協会の活動にも積極的に関わっているため、日系社会でも本当に顔が広いんです。

 初めての対面にもかかわらず、エルナン先生とは深いところで理解しあえる実感がありました。Vida Sanaが掲げているミッション=ラテンアメリカと日本をむすぶ活動をしながら未来志向のヘルスケアとしての東洋医学の可能性を広げていくこと!に、エルナン先生も深く共鳴してくださいました!ご自身が、ペルー・アマゾンの植物パワーとシャーマン治療に魅了され、日本鍼灸とのコラボによる健やかな生活の追求を目指しているからでもあります。

 ということで、想い出されるのが、ブラジル・サンパウロで鍼灸道場を開設している小渡良博(Odo Yoshihiro)先生! 

 Chikakoは鍼灸学校生だった2018年にサンパウロでお目にかかることができました。小渡先生もポルトガル語・日本語の完璧なバイリンガル。東京生まれですが、3歳でブラジルに移住。名門サンパウロ大学で心理学を専攻。その後、日本の国際鍼灸専門学校で学び、鍼灸師資格を取得。その後、東京呉竹医療専門学校・鍼灸マッサージ教員養成科を修了して、1991年にブラジルに帰国して鍼灸師として活動を展開します。

 1999年から鍼灸道場を創設。中医による鍼灸師養成が盛んなブラジルにおいて、日本鍼灸を学ぶことのできる貴重な機会を提供しています。2012年から鍼灸道場に参加するようになり、現在では小渡先生のパートナーとして生徒に教える立場になったVictoria Cerezo Moreno先生(スペイン・コルドバ出身)は、映像作家でもあります。日本鍼灸の技を映像として記録するだけでなく、小渡先生がブラジル先住民のシャーマン治療者との交流をする現場をVictoria先生がドキュメンタリー映像として記録しているのです。

 エルナン先生も小渡先生も、日本鍼灸を深いところで理解・実践して、南米大陸に息づく伝統医療の素晴らしさを発見しながら、新たなヘルスケアのあり方を追求している求道者でいらっしゃる!

 Vida Sanaにとって本当に尊敬に値する日本鍼灸伝道者がここにいる!という事実を、皆さまにお伝えするのが今回のブログの趣旨でした。ラテンアメリカと日本の環境は著しく異なりますが、どちらの世界にも息づく伝統医療の素晴らしさを多くの方と共有できるような活動を進めていきたいというVida Sanaの初心を思い起こさせてくれたペルー訪問報告です。

 ペルーの素敵な思い出の写真で締めくくります。皆さまもいつかぜひペルーへおいでくださいね~!Viva Peru !

Museo Larco(ラルコ博物館)と附属レストラン / Limaの晩夏らしい海岸の夕暮れ

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