再訪スペイン! 恬淡虚無モス!(注)

 皆さま、こんにちは!
 10月も下旬に入り、秋を通り過ぎて冬の気温が近づき、インフルエンザが流行しだした昨今。皆さま元気でお過ごしでしょうか?

 さて、Vida Sanaは昨年に続き、スペインに行ってまいりました!

 初っ端からパエリアの写真をお見せしましたが、もちろん遊びに行ったわけではありません。ありませんよ!
 Vida Sanaがスペインといえば当然この人!
 以前のスペイン日誌ブログでも紹介したお灸マスターのFelip Caudet先生を訪ねて!

このパエリアはFelip先生の特製!

 前回スペインを訪れたのはFelip先生から直々にお灸の指導を受けるためでしたが、今回は一味趣向が違います。
 これまた以前の宮川先生出版ブログで紹介した宮川浩也先生の著書『養心のすすめ』のスペイン語版出版に向けての渡欧でした。

 『養心のすすめ』出版計画が初まったのは2021年の8月のこと。それから4年の歳月が経ち、宮川先生の日本語版は第2版を販売するまでになりました。
 宮川先生に対して、スペイン語版を出しましょう!と決意表明をしてから早幾歳月。なかなかスペイン語版の完成形に到達しない問題点は、大きく分けて3点。
 1点目は東洋医学に関わる日本語と漢文の単語・熟語を完全なスペイン語の単語に置き換えるのが難しいこと。例えば、先生の本には恬淡虚無、雑念などの東洋の精神を表す言葉が多々出てくるのですが、こうした概念を正確に翻訳するのが一苦労。
 2点目は通常のスペイン語ネイティブでは本の内容を精査することができないこと。東洋医学の知識なくして、正確なスペイン語に翻訳することはできません。ChikakoがFelipの日本語通訳を担当しているのも、通常の翻訳者では東洋医学的表現を正確に訳すことが困難だからです。つまり、スペイン語を理解できる人間でも東洋医学に精通していなければこの仕事を頼むことはできないのです。
 3点目は販売する際の出版社。最初に考えていたのは、Chikakoが以前ペルーで携わった出版社に依頼すること。しかし、ペルーで出版すると限られた範囲でしか出版物が行き渡らないということ。

 とはいっても、日本でChikakoがスペイン語版に向けての日本語版編集をした上で、その下訳、細かい用語の調整は行い、スペイン語で一応読めるものはできあがっていました。
 そう、結局誰にネイティブチェックを依頼するかということで行き詰っていたのです。
 実はこのスペイン語版の草稿が出来上がった時点でFelip先生に一読してもらおうと草稿を送りました。スペイン語ネイティブで東洋医学に精通している、しかも日本の鍼灸に精通している人物はなかなかいません。この2点を満たすFelip先生にチェックを依頼するのは最適解であることはChikakoもわかっていました。
 しかし、Felip先生はヨーロッパ中でセミナー講師として動き回り、地元タラゴナに帰れば患者さんの列ができている売れっ子灸師。このチェックに割ける時間はなかなか取れません。しかも今年はお灸の技術に関する自著『縄折法』英語版の出版に、ドイツ学会セミナー&豪州学会セミナー&初インドネシアセミナーで大忙しの一年。家族での時間を大切にする欧米人にとって家をこれだけ空けるというのは、家族にとって最大限のストレス。もはやFelip先生が日本に来ることさえ断念せざるを得ませんでした。
 このままでは、また翻訳チェックが来年に持ち越しになる。来年こそはFelipも日本に来たいと言っている。来日したらセミナーのことでいっぱいいっぱい…

 じゃあ、こっちから行けばいいんだ!!

 こう思い立ったのは、Felip先生の来日中止が決まった9月中旬のことでした。Felip先生が来日予定として、予定を開けていたのは10月中旬、ここなら患者さんもまだ入れていないかもしれない! だからそこしか行くチャンスはない! Daisukeに10月中にスペインに行きたいと話をしたら目を丸くしていました。当然です、そのときにはもう10月の患者さんの予約も入り始めていました。みなさんに延期していただかなければなりません。この度ご迷惑をおかけした患者さんたちにはお詫びの言葉もありません。申し訳ありませんでした。

 おかげでFelip先生からは特別に一週間患者さんの予約を取らずに編集作業するという承諾を取り付け、スペインに渡ることができました。 

このオフィスに缶詰でした。

 このご時世、リモートワークで世界各国といつでもつながることができるのに、わざわざ現地に行く必要はなかったんじゃないの? と思われるかもしれません。しかし、この作業は直に顔を合わせなければ進まないとChikakoの経験から分かっていたのです。そして実際作業に入って、間違いなかったと実感しました。
 Felip先生に再会した初日から滞在中の計画をつめ、連日朝から夜まで語義のチェック、文章の意味のすり合わせ、文法の直し等々、とことん話し合いました。これを、もしもリモートで時差がある中、お互い施術をこなしつつ一日1~2時間程度の編集作業をしたのでは、到底終わりが見えない作業でした。
 出版社についても、Felip先生から助言をもらうことができ、明確な形になっていなかったスペイン語出版計画の道筋がようやく見えてきました。
 まだやることは多々ありますが、皆さまのご協力のおかげで今回の滞在で大きな成果を上げることができました。ありがとうございます。
 
 編集作業がひと段落したあと、Felip先生お薦めのとある修道院跡に行くことになりました。

 そこはCartoixa d’Escaladei(エスカラディ・カルトジオ修道院)という名前なのですが、キリスト教権力に対する反感が盛り上がった19世紀に破壊された後、1980年代になるまで捨て置かれたとのこと。いわゆる遺跡のような修道院でした。周囲が、昨今世界的に認められるワイナリー地区DOQ Prioratとなり、観光地化したことで修復が進められています。

近隣は一面の段々葡萄畑

 なぜFelip先生がこの修道院に私たちを連れてきたかったのか。そうです、この修道院は「恬淡虚無(てんたんきょむ)」を体現した場所だからなのです。実は、この「恬淡虚無」こそ、『養心のすすめ』の主題なのです。
「恬淡虚無」とは何か。東洋医学における古典中の古典である『黄帝内経・素問』上古天真論におけるキーワードのひとつです。「恬淡」とは心が静かなこと。「虚無」とは雑念がなく心が空っぽなこと。上古天真論では、心が無為になれば、身は自然に営まれ、健康を維持することができ天寿を全うできると説かれています。そして、世俗にありながらも天地の法則に従って心静かに楽しく生きているために天寿を全うできる聖人のあり方が提示されています。このように上古天真論は老荘思想に代表される道家の影響が強く反映されていると言われています。
 私たちが訪ねたカルトジオ修道院跡は、聖なる山を拝した麓のひっそりとした場所にあります。

教会裏手のモンサン山脈

 巨大な教会と周囲をぐるりと囲む個室に修道士たちが住み、下界との関わりを絶った自給自足の生活ができる環境。

ベッドとローブだけの質素な暮らし

その場に立つと、「ああ、ここは聖地の空気感があるなぁ」と思わせるに足る雰囲気に満ちています。

 その後、調べてみると、カルトジオ修道会は11世紀にフランス・シャルトルーズ地方で聖ブルーノが創設した厳格な戒律のもとで隠修士的な生活を送ることで知られる修道会とのこと。そして、総本山の様子がドキュメンタリー映画『大いなる沈黙へ―グランド・シャルトルーズ修道院』となっていることを発見。2017年には岩波ホールで上映されていました。

 同映画は修道院での祈りの音源以外の音楽およびナレーションなし。世俗と断絶した簡素で静かな祈りの生活を淡々と記録しています。予告編の謳い文句「音がないからこそ、聴こえてくるものがある。言葉がないからこそ、見えてくるものがある」。まさに恬淡虚無の世界観
 洋の東西を問わず、私たち東洋医学を志すものを共有することが可能であることを実感する訪問となりました。

 というわけで、以上のような禁欲的な世界を紹介しておきながら(笑)、最後に皆さまにご覧いただきたいのは、食欲まみれのVida SanaがFelip一家にこの度の編集作業と私たちへの歓待に対する恩返しとしてごちそうした現地の日本食+ペルー料理フュージョンレストランMIZU@Tarragona

 ペルー名物:セビーチェには当然のことながら皆さま舌つづみ!

セビーチェ

 さらに、こちらは今や海外のすし屋定番になっているMAKIです。

 日本の巻きずしの要領で海外でも生食ができるサーモンにアボカド、さらにエビフライが具材になって、上には揚げたカリカリのポテトがトッピングされていました。もう一方は、MAKIのてんぷら。文字通り、巻きずしを天ぷらにしてカットしています。

 どうですか?この料理を見て、皆さまの印象はどうでしょうか?
 MAKIを食べたDaisukeは好感を持ったようです。Chikakoはペルーで何度も食べています。そして、「これは寿司ではない!」と反感を持つ人がいることを知っています。
そう、寿司だと思うからいけないんです。MAKIなんです! 海外ではなかなか生で食べられるレベルの魚は手に入りません。更に生食が苦手という人も少なくありません。そんな中で日本の寿司ってこんな感じの美味しい料理なんですよ、と教え導いてくれる貴重な存在ではありませんか。揚げ物にすれば、世界中の人が食べられる!
 MAKIを食べたことがあるから日本で寿司を食べてみようと思えるし、生魚に対する抵抗感が薄れる。もはやMAKIはそんな存在だと感じます。
 そんなVidaSanaのコメントに対して、Felip先生の奥様と息子さんは納得してくださったのですが、日本オタクのFelip先生は渋い顔。「絶対に日本人はこれを寿司って言ったら怒るよ」といいながら怒っているFelip先生でした(笑)。

 そして、もう一つ見てほしいのがデザートの「チーズケーキにぎり」です。

 ……はぁ!?
 メニューを見て、これはさすがにどういうこと? となりました。

 そこで出てきたのがこちらです。

 にぎり寿司サイズのチーズケーキの上にマンゴーのスライス&ピューレが乗っていました。なるほど、こういうことなら面白い! 実食してみても美味しかったですよ。ただ、デザートを「にぎり」と呼ぶセンスが海外ならでは(笑)。

 ちなみに今回の滞在では、昨年の教訓を生かして醤油、味噌汁、出汁、のり、かつおぶし、梅干しペースト、ワサビふりかけを持参し、万全の日本食自炊態勢で挑んだため、体調を崩さずに過ごすことができました。パエリャの故郷ですから、お米は現地調達できますし。

 それでは、皆さまの毎日に健康的な日本食が寄り添ってくれますように。

(注)
タイトルの解説:恬淡虚無という熟語をスペイン語版『養心のすすめ』では、そのままTentankyomuとしてローマ字表記して使用(もちろん意味を解説した上で)。これが、Felip先生一家でちょっとしたブームを引き起こし、「恬淡虚無の境地でいきましょう!」と言いたい時に、スペイン語の動詞1人称複数形の変化で語尾につける-mosを恬淡虚無の後ろにつけて表現する「てんたんきょまもす」という新・日本語スペイン語ミックス動詞が生まれたのでした。めでたしめでたし。

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