『鍼灸師のタマゴに贈る養心のすすめ-健康と心技体』付録対談①

鍼灸学校入学前課題図書!『鍼灸師のタマゴに贈る養心のすすめ-健康と心技体』付録対談①
 21世紀の日本で鍼灸師をめざす人のための徹底ガイド
  ―不都合な真実に向き合うことから始まる鍼灸師ライフ
★新人鍼灸師を相手に宮川先生が語る鍼灸業界の真実と鍼灸師をめざす人に知っておいてほしい現実に役立つ心得!

●目次

宮川先生対談記事①(現在はここ)

・この対談について

・現状の鍼灸業界ー伝統鍼灸? 中医鍼灸? 現代鍼灸? 流派って何?

・「鍼灸術」と「鍼灸学」ー学生が学ぶべき鍼灸

宮川先生対談記事②

・4種の鍼灸治療ー鍼灸治療の不都合な真実

・鍼灸師が独立するために必要なことー臨床だけできればいいのか?

・私心のなくし方ー学校では教えてくれないこと

宮川先生対談記事③

・鍼灸師の治療スタイルー職人・教育者・聖人、あなたはどれを目指すか

・鍼灸師を目指す人へエールーみんな一緒に練習の虫


※以下登場人物略称、宮川先生=M、Chikako=C、Daisuke=D

C「はじめに、この対談のなりたちについて、少しだけ紹介させていただきます。2020年度に鍼灸学校で臨床実習の指導教員であった宮川先生と学生である私たちが出会い、先生との刺激的な対話を重ねることになりました。その中で、私たちは何度もそういうことが知りたかった!ということをお話しいただいて感動しました。その内容を一人でも多くの鍼灸師をめざす方々と共有できたら素晴らしいのではないか、というVida Sanaの想いを込めて、ブログ記事として公開する許可を宮川先生にいただきました。
 皆さんご存知とは思いますが、はじめに宮川先生の簡単なご紹介をさせていただきます。宮川先生は2000年から2021年まで日本内経医学会会長を歴任。古典のスペシャリストとして数々の研究発表、講演を行っています。また、臨床家としても教育者としても長年、鍼灸業界に携わってこられました。臨床家として蓄積された治験は、先生のご高著『温灸読本』(医道の日本社)で公開されています。2023年度からは広島大学医学部客員准教授として医師を目指す方々の教育にも携わっていらっしゃいます。そうした宮川先生の教育者魂ともいうべき後世に託したい想いをお話しいただけますか。」

M「そうですね。長年にわたる鍼灸学校での教育経験を振り返ってみて、この間、鍼灸師を育てるという観点から大事なものが見失われているのではないかという危惧が膨らんできたんですね。
 そこで、2018年2月から月刊誌『医道の日本 』に「古典から鍼灸師の仕事を見直す」というテーマで連載記事を書きました。鍼灸師を目指す人にとって大事なものは何か。詳しくは、近著『鍼灸師のタマゴに贈る養心のすすめ』で展開していますが、簡単にいえば、鍼灸師としての心技体(精神力と知識と体調)をコンディショニングする、ということです。
 実のところ、自分自身も教育方法として、知識と技術に偏った教え方をして、体調管理も含めた「こころがけ」を軽視していたのかもしれない、という反省が自分の中に芽生えました。そこで、「こころ」に焦点をあてて、古典の中から丁寧に「鍼灸師としてのこころがけ」に関わる内容を拾い上げて解説していく連載を始めたのです。
 ただし、連載から今までの間に、私自身の考え方を発展させてくることができましたし、連載当時とは多少異なる考えを持つようになってきました。そこで、連載の内容を必要に応じて一新しながら、新人鍼灸師さんのお二人を相手に、これまで私が研究教育と臨床に携わる中で鍼灸学生さんにお伝えしたかった内容をお伝えしたいと思います。読者の皆さんにも臨場感をもってもらいながら、鍼灸学生さんが持っているだろう疑問に答えることができるのではないかと期待しています。
 この対談で興味をもっていただいた方には、ぜひとも『鍼灸師のタマゴに贈る養心のすすめ』を読んでいただきたいですね。」

C「そうですね。では、読者の皆さんも私たちと一緒に宮川先生に色んな疑問を投げかけてみましょう。先生は、知熱灸よりもさらに穏やかな温厚なお顔でいながら(笑)、時に透熱灸のような鋭い刺激を含む眼力を発揮して、私たちが日本で伝統鍼灸を受け継ぐということの意味を語ってくださいます。映像で伝えられないのが残念です。」

D「鍼灸学校に入って驚くことの一つに、本当に多岐にわたるセミナーや研究会などがかなりの頻度で開催されているという事実があります。学校の勉強や練習だけでも大変なのに、こんなにたくさんの流派の講習会、全国規模から都道府県レベルの業界団体の勉強会、個別の治療法のセミナー等々があることを学校の掲示板でお知らせされる。これは、どういうことなのだろう?と疑問がわき上がりました。」

C「そうそう、学校の掲示板にはポスターが次々に貼りだされていましたね。さらには、SNSなどを通じて宣伝される勉強会も山ほどありますね。そんな中で、自分にとって必要な勉強とは何なのかを見極めるのがとても難しいと感じました。」

M「そうですね。学生はまず国家資格を取得するための勉強に専念するべきだ、と養成学校の建前上は言われます。しかし、現実として学校を卒業したら稼がなければ生きていけない。一人前の鍼灸師として社会に出るための準備を在学中にしておきたい、と考えるのは当然のことです。特に、社会人経験をした上で鍼灸学校に入学した方たちはそういう意識を持っている場合が多いですね。」

C「そうなんです。意識が高い人ほど、色んなセミナーや勉強会を渡り歩くことになるんです。学校では、まず学校の勉強をしろと言われるだけで不安になりますから。特に、低学年ほど解剖学や生理学などの現代医療系の勉強割合が大きくて、東洋医療のプロフェッショナルを目指して入学したイメージとのギャップもありますね。」

M「鍼灸学校で教えることと、鍼灸師になってからも勉強し続ける必要があることの間に矛盾があっては困りますが、そもそも学校で鍼灸を教えるようになった歴史のほうが浅い、という大問題があるんですよね。古来、鍼灸は師匠に弟子入りして学ぶものだったのでね。」

D「そうはいっても、私たちが生きている21世紀の日本では現実的に師匠に弟子入りするような人はほんの一握りですよ。現在の鍼灸業界の全体像をまず知りたいですよね。」

M「そうですね。当然の問いだと思います。現在の日本における鍼灸業界を大きく分類すると『伝統鍼灸』『中医学』『現代鍼灸』という3つの区分が思い浮かびます。」

D「その区分は学生時代から気になっていました。日本伝統鍼灸という言葉だけが先行してしまって、伝統って何?伝統と現代の違いは何?日本鍼灸は中医学とは違うの?という疑問に明確な答えがない感じがして戸惑いました。」

M「そうですね。今いわれたように、伝統鍼灸という抽象的な表現が混乱を招いているのかもしれませんね。
 日本発祥の治療法なら伝統鍼灸?
 そもそも鍼灸は古代中国発祥なのではないか?
 伝統鍼灸学会に所属する会派・流派は伝統鍼灸?
 古来より口伝で伝わる秘術を持つ一門が伝統鍼灸?等々
 様々な疑問が出てきて当然でしょうね。
 伝統鍼灸という言葉が独り歩きしてしまい、その定義もあいまいで、誰もどういうものが伝統鍼灸なのか教えてくれません。もはや伝統鍼灸と名乗ったもの勝ちになっています。
 それに、伝統鍼灸系のセミナーと中医学系のセミナー、現代鍼灸系のセミナーをそれぞれ渡り歩いた方は、どことなく、その中に対立構造を感じた方もいらっしゃるかもしれませんね。
 それは、本来あるべき姿ではないと私は考えています。むしろ、お互いに補完関係にあって、鍼灸業界全体がまとまるようなイメージを持ちたいのです。
 私が考えるところでは、現在の日本の鍼灸業界で実践されている鍼灸治療は、大きく2つに分類することができると思っています。
≪感覚を主とする治療(伝統的鍼灸)≫と≪知識を主とする治療(現代鍼灸・漢方・中医学)≫です。」

C「なるほど。宮川先生ならではの分類ですね。詳しく解説をお願いします。」

M「まず、簡単な区分けの意味を説明します。
 ≪感覚を主とする治療(伝統的鍼灸)≫とは、さきほど言ったような名人の師匠に弟子入りして何年もかけて師匠と寝食を共にして、感覚に磨きをかけて、修行を積み重ねて名人の域に達することを目指すような鍼灸治療のことです。ここには、術者の経験のみが頼りになる経験治療や一子相伝の秘術が含まれます。現在、日本伝統鍼灸学会メンバーの多数派を占めると思われる経絡治療の起源は昭和10年代後半であり、伝統と呼ぶかどうかは議論されるところでしょうが、私の定義によれば、感覚を主とする鍼灸治療になるでしょう。
 ≪知識を主とする治療(中医学的鍼灸・現代鍼灸)≫とは、いわゆる医学的知識を身に着けることによって実践できる鍼灸治療です。感覚に頼るのではなく、知識とできるだけ多く集めた客観的な患者さんの身体の情報に基づいて治療を行います。中医学は、中国において中国伝統医学と西洋医学の合作で20世紀に登場しました。中国はそれを伝統医学と名乗っていますが、実際に今現在実践されている中医学が誕生したのはかなり最近です。いずれにせよ、私の定義では知識を主とする鍼灸となります。
 どちらも臨床の現場で実際に治療として有効であるからこそ存在するわけで、どちらが正しいとか、すごいとかいうような話ではありません。あくまで使う武器の種類が違うのだ、と理解してもらうとよいのではないでしょうか。それぞれの長所と短所があり、それぞれの魅力があります。決して優劣を問題にしているわけではないということを分かっていただきたいんです。」

C「わかりました。区別は、差別ではないということですね。では、改めてそれぞれの治療の特徴についてお教えていただけますか?」

M「伝統鍼灸界には、数々の名人伝があります。特に若くして鍼灸業界に入ったばかりの人は、このタイプの治療家に憧れを抱くケースが少なくないのではないでしょうか。鍼灸学校の先生からも、古代中国の名人の話から始まって、実際に身近に接している特別な治療能力を発揮される鍼灸界の有名な先生方の話まで、色々と聞かされるのではありませんか。」

D「そうですね。古代中国の名人の武勇伝はともかくとしても、実際に今も生きて活躍なさっている名人の治療を見てみたい!接したい!という気持ちは掻き立てられましたね。」

M「それが実は大きな落とし穴かもしれないのですよ。鍼灸学生は『名人』という語感の魅力に惑わされてしまい、自分が歩むべき道筋を誤って選択してしまっているのかもしれないんです。実際に学校の先生も、そういう方向に学生を導いてしまっている傾向がありますからね。
 しかし、走り出す前に一旦、思案してみてほしいのです。『名人』を目指すということは、どういうことなのか。
 私の知る限り、こちらを目指してもよい人は10人に1人くらいです。」

D「ちょっと待ってください。その数字は衝撃的ですよ。私たちのクラスは30人定員でしたが、その内たった3人しか目指してはいけない道を学校で誘導されているかもしれないということですか?」

M「そうですね。私が言っているのは特に実技の面に関してですが。
 しかし、それは悪意があって行われているわけではないことを分かってほしいと思います。伝統的に日本における様々な芸事や武道などの学び方と共通しているやり方なのではないかと思います。
 いずれにせよ、鍼灸師が国家資格となり、その養成のために鍼灸学校という近代教育システムが導入された時点で、それなりの養成方法に転換していく必要があったと思います。
 現代日本の鍼灸学校での特に実技の指導のあり方については、私自身が携わってきたことで、教育者としての責任を感じます。だからこそ、こうして鍼灸師を目指す皆さんにとっては不都合かもしれない真実に向き合う機会を提供しているのです。」

C「たしかに、私たちは不都合なことには目をつむって、見て見ぬふりをしてしまいがちです。でも、一度しかない人生の選択を間違えていないかどうか、判断するための材料を提供してもらえることは、とてもありがたいことです。
 鍼灸界を長年にわたってけん引なさってきた宮川先生ならではの洞察をぜひ聞かせてください」

M「私は、まず【鍼灸術】【鍼灸学】を区別して考えるべきだと思います。どういうことか、説明していきましょう。
 さきほど、私が言った≪感覚を主とする治療≫を目指しても良い人にあたるのが、【鍼灸術】に適している人です。その条件として、私が考えた適性は以下の5点です。

① 鍼灸家の身内。生まれた時から鍼灸に慣れ親しんできた人。
② 弟子入りした人。毎日の臨床を見て覚えて、できるようになった人。
③ 要領の良い人。ちょっと見ただけでなんとなくできるようになる人。
④ 度胸の良い人。どんどん臨床の現場に出ることができる人。
⑤ 見当付けが上手い人。勘がいい人、センスがいい人。

 なぜこういうことで、鍼灸術が上手くいくのでしょうか?
 それは鍼灸が実践の医学だからです。要するに、環境に恵まれて、センスがあって、そのうえで実行力・実践力・行動力がある人が上手くいくのです。この流れでできあがったのが【鍼灸術】というものです。
 【鍼灸術】は、学問より実践を重視します。本を読むより見て覚えろ、頭で考えるな、身につけろ、といわれます。要するに、多くの知識を獲得することよりも技術を重視し、さらに臨床の実践を重視しています。
 治療の技術とは、さまざまな診察ができることです。脈診だけでなく、腹診、背診、切経、探穴、そして舌診ができることです。また、さまざまな施術ができることです。刺鍼でいえば、毫鍼だけでなく、長鍼、峰鍼なども刺すことができ、深く刺すこともでき、接触鍼もできる。施灸でいえば、透熱灸だけでなく、知熱灸、灸頭鍼、糸状灸、箱灸、なんでもできることです。
 専門学校の鍼灸教育はこの流れを汲んでいて、様々な技術をできるだけ身につけることが奨励されます。しかし、実は誰でもが鍼灸学校での教育を受けるだけで、このような技術を身につけられるわけではありません。さきほど言った①~⑤に当てはまる人には可能でしょう。
 おそろしいのは、自分は①~⑤に当てはまると勘違いしている人です。
 【鍼灸術】は、多くの知識量を必要としないので、あまり勉強しなくてもよい、と判断されがちです。勉強したくない人には好都合なのですから、自分は①~⑤に該当する、という判断のもとに安易な道を選んでしまう人もいるでしょう。
しかし、本当のところは30人クラスに3人しか該当しないということを肝に銘じてほしい。自分自身をよく見つめなおしてください。」

D「確かに、自分があてはまるのかどうか…。自分を自分で評価するのは難しい!」

M「そこで、【鍼灸学】の出番なのですよ。こちらは、すべての鍼灸師が学ぶことによって治療に生かすことができるのです。
 中医学は、【鍼灸術】を、【鍼灸学】に作り上げました。そのおかげで、①~⑤に該当しない人でも、きちんと学べば、鍼灸治療ができるようになりました。
 きちんと学び、手順通りに診察し、診断し、そのうえで施術するという一連の流れを学問にしたのです。
 【鍼灸術】の中の主観的診察を避けて、客観的診察を採用しています。触診を避けて、問診を重視したのです。そして、症状に応じた弁証論治がしっかりとできるように様々な知識を身につけることが要求されます。
 触診とは、脈診、腹診、背診、切経、探穴を指しますが、中医学は脈診だけを採用しています。【鍼灸術】では、すべてを重視します。とくにツボ反応を探す探穴を重視しますので、中医学とはかなり重点が異なります。
 刺鍼でいえば、中医学は「毫鍼を刺して得気させる」ことに一本化しました。「色々な鍼を刺す、様々な鍼法をマスターする、さまざまな施灸法を身につける」といった技術の習得のための苦労から人々を解放したのです。
 だからこそ、①~⑤に該当しない30人クラスの残り27人は、【鍼灸学】を学ぶべきなのです。」

D「なるほど。そうだとすると、鍼灸学生は全員【鍼灸学】を学ぶべきではないでしょうか。【鍼灸術】を身につけることができる少数のエリートは、日々の鍼灸師としての修行を通じて名人を目指す道に入るのでしょう。しかし、大多数の人は【鍼灸学】を学ぶことによって一人前の鍼灸師としての治療ができるようになる、ということですよね。」

M「そういうことになります。
 では、実際に行われている鍼灸治療とはどのようなものなのか。こちらも、不都合な真実かもしれませんが、正面から向き合ってみましょう。」

↓↓対談記事一覧はこちら↓↓

宮川先生対談記事①(現在はここ)

宮川先生対談記事②

宮川先生対談記事③

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