東洋医学×『料理と利他』

 皆さまこんにちは!

 つい先日まで最高気温が35度を超えていたのが嘘のように、朝夜は冷えて来た今日このごろ、いかがお過ごしでしょうか?
 夜が冷えても、なかなか厚い布団を押し入れから出してくるのをためらうような変わりようですよね。
 こういう気候の変わり目が一番体調を崩しやすいものです。
 そんなときにオススメなのが小豆カイロ!


 電子レンジに30秒から1分かけるだけで15分は温かい優れもの。
 小豆カイロは、小豆に含まれる水分が蒸発して、蒸気が出てくるため、お肌にも優しく熱が逃げにくいんです。
 湯たんぽと違い、直接肌に当てても大丈夫なので、寝る前にお腹に当てたり、足先を温めるのにも使えます。
 市販でも色々な種類の物が売っていますし、小豆と布(綿か麻)を買ってくれば簡単に作ることもできます。
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・作り方リンク
 これから寒さがどんどんキツくなってきますから小豆パワーで冬に備えましょう! 小豆は食べるのも最高なのに、なんて素晴らしいんでしょう!

 さて、皆さま、お料理は好きですか?
 Chikakoは好きです! リンゴの皮むきは子どもの頃から大好きでした。皮と実の間のギリギリのところを包丁で攻める感覚がスリル満点! という子どもは、やっぱりちょっと変わってるんでしょうね~(笑)。
 いや、ちょっと待てよ。リンゴの皮むきは料理か? というツッコミ大歓迎です。私は料理だと思うんですよ。それは、私がリンゴという素材に向き合ってリンゴを美味しく食べよう! という心意気に応じた行動だから。
 そんな料理観をきっとこの人なら支持してくれる! と思うのが、土井善晴先生。

 ご存じの方も多いと思いますが、土井先生は昭和の料理研究家の第一人者である土井勝先生の息子さん。勝先生は、NHK「きょうの料理」やテレビ朝日「土井勝の紀文おかずのクッキング」に出演し、家庭料理としての「おふくろの味」という言葉を流行らせた方。
 
 善晴先生も八面六臂な活躍をなさっています。料理のレシピ開発だけでなく、日本の家庭料理を日本文化的な視点で紹介し、文化人との対談を著すなど料理研究家という枠にはまらないマルチ人間。テレビで拝見する善晴先生の関西人らしい肩の力の抜けた洒脱なトーク力、素晴らしいですよね。

 特によく知られている著書は『一汁一菜でよいという提案』(グラフィック社、2016年)。
 この本のタイトルの通り、家庭料理の基本はご飯+具だくさんの汁物+一菜(漬物のようなものも含め)があればそれでいいんだよ、ということを世に説いた本。それを日常食の基本型にすれば、毎日の食事づくりが面倒で嫌だという負担感から解放されるのではないでしょうか、という提案。美味しい料理のレシピを開発するのが料理研究家と思いきや! 全く異なる方向から攻めてきたではないですか。さすが、善晴先生です。

 料亭や温泉宿でのハレの食事は、目前に数えきれないほどの品数のお料理が並びますが、それを日常食の基本と混同するべきではないはず。昨今は、SNS上での写真映えする自作料理の披露を目にしないことはないくらいで、料理が得意でない人にとってはプレッシャーを絶えずかけられているようなもの。

 日本の食卓を管理する観点においては、日常的に主菜+副菜+汁物を栄養のバランスよく食事づくりをすることが理想とされているのではないでしょうか。栄養バランス食が推奨されるのは、子どもの頃から学校給食に慣れ親しんできた影響かもしれません。

 でも、毎日毎日、理想的な食卓を整えられるわけではありませんよね。かくいうVida Sanaも、忙しい日々を過ごすご家庭の皆様には、「三ツ星ファーム」という冷凍食品宅配サービスを活用することをオススメしております(毎度のごとくですが、ステマではありません)。昨今は、こうした栄養バランスが考えられた冷凍食品キットの開発が進んでいて本当に便利になりました。

 ただ、そうすると料理という利他行為から、どんどん人々は遠ざかってしまうんです。料理をすることは、私たちが人間と自然環境の関係を捉えなおすきっかけを提供してくれる貴重な機会なのです。もちろん、作る人と食べる人の関係性が反映する行為でもあります。

 そして、日常の家庭料理を、プロの料理人が作るようなものとは切り離して考える、という発想転換が大事です。このあたりの善晴先生の思想が展開されているのが、『料理と利他』(ミシマ社、2020年)という善晴先生と政治学者・中島岳志さんの対談本。

 以下、同書の紹介サイトから、善晴先生の「一汁一菜」提案のエッセンスを引用したいと思います。

「自分の力でおいしいものを作るのではなく、おいしさが宿るように、自然に沿って整えていくことが料理であるという考え方につながります。決して『おいしいものを作ってやろう』という意思的なものではありません。料理をやっているとうれしさが宿り、おいしさがごほうびとしてやってくる。だから、「一汁一菜は念仏である」は、土井さんの料理論のエッセンスを捉えたとても重要な言葉だと私(中島)は思うのです。」

「土井さんは、『火の力に任せる』、『混ぜすぎない』、『触りすぎない』、『計りすぎない』とよく言います。私たちが介入しすぎるのではなくて、いろいろなものに任せることが重要なのではないか。そうして生まれる味のむらこそが、おいしさになります。」

「まずは、人が手を加える以前の料理を、たくさん体験するべきですね。それが一汁一菜です。ご飯とみそ汁とつけもんが基本です。そこにあるおいしさは、人間業ではないのです。人の力ではおいしくすることのできない世界です。みそなどの発酵食品は微生物がおいしさをつくっています。ですから、みそ汁は濃くても、薄くても、熱くても、冷たくても全部おいしい。人間にはまずくすることさえできません。そういった毎日の要になる食生活が、感性を豊かにしてくれると、私(土井)は考えています。」

 どうでしょう? 素敵な考え方ではないですか? 日本という風土の中で生まれたご飯+汁物+漬物という日常食の型をまずはしっかりと身体に染み込ませる。そうすると、型に込められた思想がじわじわと伝わってくる。味噌や漬物という発酵食は、人間のこざかしい意図とは異なるレベルで働く微生物によって生み出されているという事実に向き合った時に、私たちは謙虚な気持ちになろうではありませんか。

 ここで、唐突かもしれませんが、私のペルーでの経験を共有しましょう。アンデス山脈の3000m級の高度の村で1か月ほどフィールドワークをした時のこと。ペルーの公用語であるスペイン語が通じない先住民の方々のお宅に居候しながら、農作業や家事を手伝いながら暮らした日々。来る日も来る日も、食事はほとんどじゃがいもを蒸かしたものに塩や唐辛子ソースをつけたものがメイン。それに、自家菜園で採れた野菜を主体にしたスープがつきます。「飼っているアルパカが崖から落ちたので、その肉をスープに入れたよ」という日は、ごちそうです。それが、アンデスの山奥の日常食の型だったのです。完璧な自給自足。シンプルにじゃがいもを主体にした野菜本来のやさしい味に私の身体がじわっと同化していきました。

 そんな食生活を一か月した後、山を下りて美食の都として知られるアレキパの食堂でランチの定食を食べた時の衝撃! なんて美味しいんだろう! スパイスを駆使して美味しさを追求した料理というものが、同じ土地に存在したんだという驚き。ああそうか。私の舌はシンプルな山奥の日常食にこんなにも同化していたんだなぁ、としみじみ思ったのです。

 現代日本の食卓は、いわば、アレキパの美味しい定食が当たり前の状態。スーパーやコンビニには一定の味のレベルをクリアしたお惣菜がいつでも並んでいます。善晴先生が提唱している一汁一菜の家庭料理は、アンデスの山奥のじゃがいもメインの日常食の型に相当する感じ。どちらが持続可能な自然に沿った生き方か、考えるまでもないですよね。

 今の時代に、テレビによく登場する料理研究家が、「家庭料理は一汁一菜でよい」という主張をすることのラディカルさに私は今更ながら驚きます。うん、善晴先生、すごいです!

 善晴先生のラディカルさは、おそらく、まずは欧州でフレンチ料理の修行から入って、その後、大阪で日本料理を学んだ経歴に由来しているところもあるのではないかと思われます。『料理と利他』の対談でも、深い比較文化的考察が開陳されています。

 日本料理の本質は、料理から過剰なものをそぎ落とすことによって、かえって素材がもつ個性を引き立てること。西洋料理は、逆に、足し算することによって美味しさを追求しようとする。まるで両極の発想に基づく料理現場に身を置くことで見えてきた真実なのだと思います。

 善晴先生が料理界にもたらした発想転換の必要性は、実は私たちの身体観・健康観にも及ぶものではないでしょうか。私は東洋医学の先達が残した書物に触れるたびに、現代医学の最先端で行われている技術的な革新の根底にある哲学を根本から問う必要があるのではないかと思わずにいられないのです。人間の思い上がりを戒める教えが今こそ必要だと感じます。特に、臨床に関わる医療関係者には何よりも必要なのではないでしょうか。

 実のところ、人間の身体のしくみについて、本当に分かっていることは限られています。例えば、解剖学は基本的には死んだと判断された人間の身体を対象にしているという限界があります。生きている人に対して行うことのできる科学的な実験にも様々な制限があります。臓器移植が可能な技術が発展する一方で、生きていることと死んでいることの境界線についての議論に決定的な結論は出ていません。

 そんな現状にあって、私たち鍼灸師が肝に銘じるべきモットーとして「忘己利他」を説いているのが、日本伝統鍼灸界のレジェンド:首藤傳明先生。人間の力で及ばないものがあることを知った上で、他者に対する慈悲の心をもって患者さんに日々相対することを臨床における座右の銘になさっているそうです。1932年生まれですが、現在に至るまで鍼灸師としては現役です。

 人間の力でなんでもできるという思い上がりから解放されたところには、絶望ではなく、希望があるんです。お料理は上手くつくろうと思わなくても、美味しくできるんです。お味噌汁は水と具材と味噌が勝手に美味しくしてくれるんです。鍼灸師は自分の力で治そうと考えるのではなく、患者さんのお身体に寄り添って見守ることによって手助けをする存在なのです。忘己利他!

 土井善晴先生のYouTubeチャンネル土井善晴の和食アプリで触れるだけでなく、ぜひ著書にも触れてみてください。ライブの先生を拝見するのも癒しですが、著書も素晴らしいですよ。

それでは、皆さまの毎日が美味しいご飯と味噌汁と漬物に囲まれますように。

【参考文献】
『一汁一菜でよいという提案』(グラフィック社、2016年)
『一汁一菜でよいと至るまで』(新潮社、2022年)
『料理と利他』中島岳志共著(ミシマ社、2020年)

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